肝CoインタビューVo.3

「支える人」
肝炎医療コーディネーター・
相談員 寺本いずみさんの軌跡
─ 「声なき不安に寄り添い、繋がりを紡ぐ」─
相談員 寺本いずみさん
誇り ─ 誰かの人生の節目に寄り添えること
「『役に立てた』と実感できたとき、この仕事の達成感と誇りを感じます。だからこそ、裏方として支えてくださるスタッフにも感謝の気持ちを共有しています」。
光の当たらない場所で、見えない相手と向き合いながら確かな絆を紡ぐ寺本いずみさんの軌跡を追う。
はじまり ─ 「電話が怖い」からのスタート
2011年、14年ぶりに肝疾患の現場へ復帰した寺本さん。事前研修もないまま始まった電話相談では、相手の顔が見えず、毎日電話が鳴るたびに飛び上がるほど緊張していた。匿名での相談も多く、「税金泥棒」と心無い言葉を投げつけられ深く傷つくこともあった。しかし「初めて誰かに話せてホッとした」という声に触れ、長時間じっくり話せる専従体制だからこそ救える不安があるのだと使命感を抱くようになった。
手探りの現場 ─ 「相談者がもし自分の大切な人だったら、どう接してほしいか」
数々の苦悩を越え、寺本さんが見出した哲学がある。一つは「相談者がもし自分の大切な人だったら、どう接してほしいか」を想像し、近すぎず遠すぎない適切な「心の距離感」を保つこと。
もう一つは「仲間の存在」だ。孤独な立ち上げ期を支えたのは、センター長のリーダーシップや、事務スタッフの支え、そして他部署との連携だった。「あなたならどうしますか?」と気軽に相談し合えるチームの存在が、活動を強くした。自分が過去に渡したチラシや市民講座がきっかけで患者が受診につながったと知ったときは、表では「良かったです」と微笑みながらも、心の中では飛び上がるほど喜んでいるという。
また、国立健康危機管理研究機構肝炎情報センター主催の研修会に参加したことで全国のコーディネーターと繋がり、自分の“現在地”を知ることもできた。
気づき ─ 「声だけで寄り添う」という新たな難しさ
看護師として対面ケアしか経験のなかった寺本さんは、「声だけで寄り添う」という新たな難しさに直面した。
開設直後、B型肝炎訴訟の基本合意があり相談が殺到した。過去の理不尽な扱いや偏見・差別を涙ながらに語る相談者の声に、寺本さん自身も受話器の向こうで共に涙したという。その後もC型肝炎の治療がペグインターフェロンらDAAと呼ばれる内服薬へと激変する中、最新情報を求めて文献を読み漁り、学会へ足を運び、必死に知識を積み上げていった。
今と未来 ─ 「肝炎を見逃さない病院」へ
現在、寺本さんの活動は電話相談にとどまらず、市民講座や肝臓病教室の企画運営、東京都ウイルス肝炎対策協議会委員など、外部との調整役へと大きく広がっている。
「私の夢は、『当院を訪れた患者さんの肝炎は見逃さない』のが当たり前になることです。その一歩として、院内に多く在籍しているコーディネーター同士の交流を深める計画をしています」と語る。
若い世代へのメッセージ
肝炎治療は目覚ましく発展しました。学んだ知識をアップデートし続け、まずは身近な方への声掛けから始めて、今後のキャリアアップにつなげていってください。
顔が見えない恐怖から始まり、相手を「大切な人」として想う深い対話へと辿り着いた寺本さん。彼女の紡ぐ言葉と繋がりは、今日も誰かの人生の転機を優しく支えている。




